大震災の爪痕

災害支援ボランティアに参加

 '11-7-7( 曇)

7月8日、「まちサポ」の企画による被災地支援ボランティアグループ
15人のメンバーとして、被災地「仙台、石巻」を視察して来ました。
 まちサポ」の協力支援企業である「大里総合(株)」では、災害発生後既に30回(今回31回目)                   の支援視察を行っています。
  朝3時出発のマイコロバスは、東北道を北進し、名取ICで下りました。                                                                

 高速道路は、届け出により無料です。  

  視察先は、仙台市内、石巻の湊小学校、多くの子供たちが流され行方不明、死者を出した大川            小学校です。
 

NO.1(仙台市内:車窓から)

 1.仙台市内の田んぼには、瓦礫、漁船、車などが散乱していて、未だ
  未だ処理が進んでいない、街中も同様でした。市内は交通規制が
  厳しく、下りて見ることが出来ず、車内からの視察に終わりました。

 

NO.2(石巻・被災者の宿泊先:湊小学校)

  2.今回の支援先の石巻市の湊小学校に10時ごろ到着。
  噂では、異臭やハエや蚊が多いと聞いていましたが、異臭は僅か、
  校庭も砂利などで綺麗にされており、ハエも蚊も少なく思いのほか
  悪くなかったです。

  被災者を訪問する時には、傾聴を良くして下さいと言われて来ました。
  被災者はどうなっているのか? どう対応したらよいかと不安があり
  ましたが、訪問目当ての2年1組の部屋では、佐藤さん夫妻が笑顔で
  迎えてくれたのでほっとし、抵抗もなく話をすることが出来ました。
  食事はパンとお握りの生活が続いているとのことです。

  「今一番食べたいものは何ですか?」、と聞いたら「味噌汁が飲みたい」と
  言っていました。自衛隊も引き揚げてしまったので、不便を感じているようです。

  前回要望のあった、扇風機2台、タオルケット、女性の下着、殺虫剤、蚊取り 
  線香などをお届けしました。 1部屋に5世帯(10人位)が生活していますが、
  既に仮設住宅に移られた方もいるということで、比較的ゆったりしていました。

  佐藤ご夫妻の肩を揉んであげ、「元気でね!」とお互い挨拶し、笑顔に送られ 
  お別れしました。

 

NO.3(湊小学校近くに住んでいた平塚さん宅訪問)

  3.個人宅(平塚さん)視察
  湊小学校の近くの平塚さんのお宅を特別見せてくれました。
  築15年2階建ての建物、外観上は大した被害が無いように見えたが、中に
  案内されびっくり、水位は1階満水、2階床下まで来たとか、水位の跡が白い壁に
  くっきりと付いていた。
  津波のサワサワという音とともに、側溝を一気に水が上がって来たとのこと、
  ガラス戸を閉めてあったつもりが、少し開いていてそこから入り込んで来たとのこと、
  1階にお母さんがいたそうですが、水に足を取られ転んでしまい、水位が上がって
  出口を箪笥にふさがれ、命を落とされとのこと、本人(奥さん)は2階に駆け上がり
  助かったという。本当に一瞬の出来事でぞっとする話でした。

  今度、お子さん2人を含めたグループで、デズニーランドへの招待が計画されて
  いるとのこと、受け入れは大里総業(株)がされるというので、「大網でお会いする
  ことが出来るかも知れませんね! 楽しみにしています、お元気で!」と
  お別れしました。
  ここは危険地域に指定されたので、新築は出来ないそうです、改装しても住む気は
  ないと言っていました。
 

NO.4(大勢の子供たちが津波で流され死亡した大川小学校)

 4.小学生が大勢流され死亡した大川小学校を視察
  学校は荒れ果て、現在重機が入り残骸の処理や、機動隊による篩分け作業で遺体の
  捜索などが行われていました。現地の小学生は隣地区の小学校に通っているようです。
  すぐ傍には北上川が流れ、新北上大橋は流壊されて通行止めの状態。

  話によると、1回目の地震が発生し、津波警報も出されたそうですが、先生の誘導で
  校庭に出て避難をどうするか決めかけていたようです。津波もこれほど大きいとは
  予期していなかったかも知れません。裏山もありましたが、当時は雪が積もっていて
  上るのは危険、学校より高い位置の新北上川の橋の方(高台)が安全など、決断に
  時間がかかっていた校庭で30分ほど待機していた間に、津波が襲い生徒先生が
  流された様です。

  助かったのは山に逃げた(打上げられた)数名の生徒と先生1名だけ。全校児童108名、
  68名が死亡、8名が行方不明だそうで大変に悲しい出来事でした。

  地形からすると、校舎は川風薫る田園地帯で静かなところですが、海抜1mとすぐ傍の
  北上川の水位より低い所にあり、台風などで川が氾濫すれば直ぐ水浸しになるような所、
  決して防災上から見れば、安全な場所ではない。又、今までこのようなことはなかったので、
  防災意識、避難の場所(マニュアル)なども十分で無かったようです。

  結果論ですが、もし裏山に避難場所が設けられていればこのように多くの犠牲者は
  出さなくてすんだと思います。(後の祭り) 亡くなった子供たちの冥福を心より祈って
  来ました。
 

NO.5(雑感)

 <雑感>
  1.いつもテレビ、新聞では見てましたが、実際に自分の目で見て、津波の恐ろしさ
    人間の力の小ささを感じ、色々と勉強になりました。

  2.我が大網白里町の白里も海抜は低く、もしこのような津波が来たらもっと大勢の
    人たちが犠牲になるかも知れません。
    今回、幸いに津波は1.5m程度で殆ど被害はなかったが、我々ももっと防災意識を
    もって、非常時に備えなければなりません。
    しかし、行政、町議員は「被害が無くてよかった、良かった」ということで余り真剣に
    考えていないようです。 

    帰りのバスの中での各自の感想の中に、行政を動かすような投げ掛けが必要との
    意見がありました。

  3.このような痛ましい災害が風化しないように、我々も周りにそして後世に伝えて行く
    ことが大事だと思います。又、何回か行ってみたいと思っています。
    当日の晩は女房と息子に写真を見せながら報告しました。

                                            

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